大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和53年(行ウ)46号 判決 1979年7月30日

原告

町田昌志

右訴訟代理人

猪俣浩三

外二一名

被告

右代表者法務大臣

古井喜実

被告

陸上自衛隊第三二普通科連隊長

伊藤三雄

右被告両名指定代理人

宮地登

外八名

主文

原告の被告陸上自衛隊第三二普通科連隊長に対する訴を却下する。

原告の被告国に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨(原告)

1  被告陸上自衛隊第三二普通科連隊長伊藤三雄が原告に対し昭和五三年一月二九日付をもつてした継続任用拒否処分を取消す。

2  原告が陸上自衛隊自衛官陸士長たる地位を有することを確認する。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  本案前の答弁(被告)

1  本件訴をいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  請求の趣旨に対する答弁(被告)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因(原告)

1  原告は、昭和四七年三月高等学校を卒業し、同四九年一月三〇日陸上自衛隊第一教団第一一七教育大隊に二等陸士として入隊し、同日付で前期教育として同大隊三三一共通教育中隊に、同年四月後期教育として市ケ谷駐とん地第三二普通科連隊教育隊に、次いで同年六月連隊第四中隊にそれぞれ配属され、同五三年一月二九日まで同中隊において勤務し、その間、同五〇年一月一日一等陸士に、同五一年一月一日陸士長にそれぞれ昇任し、かつ、同月三〇日付をもつて自衛隊法第三六条第四項の規定に基づいて継続任用された。原告は、同五三年一月二九日付をもつて同条所定の二年の任用期間が経過するため、同五二年一二月三日同条第四項の規定に基づいて任免権者である被告陸上自衛隊第三二普通科連帯長伊藤三雄(以下「被告連隊長」という。)に対し継続任用を志願する旨の意思表示をしたところ、同被告は、同五三年一月二九日付をもつて原告の継続任用を拒否する処分をし、継続任用の意思表示をしない。

2  自衛隊法第三六条第一項は「陸士長等は二年を任用期間として採用されるものとする。」旨、同条第四項は「長官は、陸士長等の任用期間が満了した場合において、当該陸士長等が志願したときは、引き続き二年を任用期間としてこれを任用することができる。」旨規定しており、これを受けて陸士の任用期間に関する訓令(以下「訓令」という。)第六条第四号及び陸士の継続任用に関する達(以下「達」という。)第七条は右継続任用の拒否基準を設けているところ、右規定の解釈にあたつては現行法体系と右規定の運用の実態とに照らして考察する必要がある。

自衛官もまた一職業であるから、その任用期間の定めその他勤務条件は他の職業との関連において解釈され、決定されるべきであるところ、一般職の国家公務員については、任用期間を定めずに任用されるのが常例であつて、合理的な理由のある場合に限り、例外的に任用期間を定めて任用されるにすぎないが、この点については特別職の国家公務員である自衛官についてもこれと異なつた取扱いをすべきなんらの合理的理由がない。すなわち、一般職の国家公務員の場合には、工事人夫とか用務員のようにその職務内容が単純な肉体的労務の提供にすぎない者についてはその期限付任用の合理性が認められるわけであるが、自衛官については、勤務内容がそのような単純な肉体的労働ではないから、任用期間の定めを置く特段の事由が存しない。

また、自衛官と同じ権力的な作用を営む職務である警察官、消防官及び監獄職員についても任用期間の定めがないから、自衛官についてのみ任用期間を定める合理性は全く存しない。

更に、前記規定の運用の実態においても、自衛官の間では、任用期間は自由な退職を制限する期間であつて、同期間の満了により任意退職をすることができる効果が付与されているものと理解されており、また、「訓令」が第六条各号に該当する陸士長が継続任用を志願する場合には、任免権者はこれを拒みえないものとして運用され、自衛官の入隊案内書にも、「永継勤務の希望者は特別の支障がない限り継続して任用される」等と記載され、原告もかかる永継勤務が可能であると信じて志願したものである。

したがつて、自衛隊法第三六条第一項にいう任用期間は、自衛官が任意退職を制限される期間と解すべきであり、陸士長等が国間の雇用契約は、陸士長等が継続任用を志願する場合には、「訓令」第六条第四項及び「達」第七条所定の継続任用を不適当と認める基準に該当しない限り、同契約は継続するという意味において期限の定めのない契約として成立しているものというべきである。換言すれば、陸士長と国との間には、期限の定めのない雇用契約が成立しており、「訓令」第六条第四号及び「達」第七条所定の継続任用拒否基準は国側が右雇用契約を一方的に終了させることのできる事由すなわち解雇事由を規定したものというべきである。原告の場合には、被告国との雇用契約が昭和五一年一月三〇日付をもつて継続任用されたことにより明確に期限の定めのない雇用契約となつたものというべきであるところ、前記継続任用拒否処分には次のようなかしがある。

(一) 被告連隊長は原告を反戦自衛官であると認定し、右継続任用拒否処分をしたものである。すなわち、

昭和五二年七月八日ころ原告の同僚である訴外森山茂之三曹が依頼退職するに当り、隊員が国旗に寄書をした際、原告が「闘争と前進あるのみ」と記したところ、原告が所属する第四中隊長訴外山下永二がこれを見とがめ、数日後、右記載の意味について原告の釈明を求め、「ずい分過激な言葉だがどういう意味かね。」としつようにただした。

更に、同五二年八月二七日付発行の「不屈の旗第九号」(自衛隊当局は「不屈の旗」をもつて反戦自衛官の機関紙とみなしている。)に「我々は弾よけではない!」という投書が掲載されたところ、右山下中隊長は、右投書文の用語及び内容が原告の入隊直後に書かれた「入隊所見」の用語及び内容と類似していると称して、同年九月一五日ころ同投書文を示しながら「これは君が書いたものだろう。」「既に調べはついている。」「意見があるならペンネームで投書するなど卑劣なことをせず、堂々と言つたらどうだ。」などと激しい口調で詰問し、「継続任用を控え、こんなことをするとはいい度胸だ。」と暗に継続任用拒否処分をにおわせる発言をした。

また、同五二年一一月末ころから度々原告に対する尾行が行われ、また、原告の弟の勤務先及び下宿先にも原告に関する聞き込みが行われるようになつた。

したがつて、被告連隊長は原告を反戦自衛官であると認定して前記継続任用拒否処分をしたものであり、同処分は解雇処分といえるから、これは憲法第一四条及び第一九条に違反する。

(二) 被告連隊長は、右継続拒否処分の理由として、原告に帰隊遅延、交通違反等若干の服務規律違反のあつたことを挙げているが、仮にかかる事実があつたとしても、いずれも解雇事由には相当しない軽微な規律違反にすぎないから、「訓令」第六条第四号及び「達」第七条所定の継続任用拒否基準には該当しない。したがつて、被告連隊長は原告を引き続いて任用する義務があるにもかかわらず、任用期間が満了したことを理由に原告の自衛官たる地位を失わせる行為は、国民の労働権を侵害し、憲法第二七条に違反する。

3  よつて、被告連隊長のした前記継続任用拒否処分は違法、無効であるから、請求の趣旨記載の判決を求めるため本訴請求に及んだ。

二  請求原因に対する認否(被告ら)

1  同1記載の事実のうち、原告が継続任用を志願する旨の意思表示をしたのは昭和五二年一〇月一九日であり、被告連隊長が原告に対し継続任用をしない旨通告したが、これが拒否処分であることは争い、その余の事実は認める。なお、原告は同五三年一月二九日付をもつて任期満了により陸上自衛隊を退職したものである。

2  同2記載の事実のうち、原告主張の自衛隊法、「訓令」及び「達」に関する規定が存在すること、被告連隊長が継続任用をしないことの理由の一として、原告の帰隊遅延、交通違反等の服務規律違反の事実を挙げたこと、訴外森山茂之三曹が依頼退職するに当たり、隊員が国旗に寄書をした際、原告が「闘争と前進あるのみ」と記したこと、原告と山下中隊長がその寄書について会話を交したことは認めるが、その余は否認ないし争う。

なお、陸士長等の任用期間は自衛隊法第三六条の規定に基づいて二年をもつて終了し、その継続任用については、任免権者が任用期間の満了した陸士長等につき同条第四項の規定に基づいて継続任用をするものである旨定められており、その継続任用のための基準として、自衛官の採用手続に代えて、原告主張の「訓令」及び「達」などが設けられている。また、右任用期間についても、自衛官は同期間中においても自由に退職することが認められている。

三  抗弁(被告ら)

(本案前の抗弁)

1 継続任用とは、任用期間の定めのある隊員を任用期間が満了した場合、引き続いて隊員に任命することをいうから、継続任用をしないということは、任期満了によつて隊員の地位が当然に消滅することを通告するにすぎずなんらの処分性を有するものではない。原告は、被告連隊長のした継続任用しない旨の通告を拒否処分としてとらえ、その取消を求めているが、原告の陸士長としての任用期間は、右通告に関わりなく、昭和五三年一月二九日付をもつて任期満了により終了したのであるから、被告連隊長のした右継続任用をしない旨の通告は取消訴訟の対象となる行政処分には当たらず、請求の趣旨第一項にかかる訴は却下を免れない。

2 原告は被告国に対し陸上自衛隊自衛官陸士長たる地位を有することの確認を求めているが、仮に請求の趣旨第一項が認容されると、結局その目的が達せられるのであるから更に請求の趣旨二項においてその地位の確認を求める利益はないものというべきである。

第三 証拠関係<省略>

理由

一原告が昭和四九年一月三〇日陸上自衛隊第一教団第一一七教育大隊に二等陸士として入隊し、同年六月第三二普通科連隊第四中隊に配属され、同五〇年一月一日一等陸士に、同五一年一月一日陸士長にそれぞれ昇任し、同月三〇日付をもつて自衛隊法第三六条第四項の規定に基づいて継続任用され、同五三年一月二九日まで同中隊において勤務していたが、同日付をもつて同条所定の二年の任用期間が経過するため、同五二年末ころ同条第四項の規定に基づき任免権者である被告連隊長に対し継続任用を志願する旨の意思表示をしたところ、同被告は同五三年一月二九日付をもつて原告に対し継続任用をしない旨の通告をしたが、継続任用をする旨の意思表示をしていないことは当事者間に争いがない。

二原告の被告連隊長に対する継続任用拒否処分の取消を求める請求について。

1  被告連隊長のした前記継続任用をしない旨の通告が行政事件訴訟法第三条第二項にいう取消処分の対象である行政庁の処分その他の公権力の行使に当たる行為に該当するか否かについて検討する。

(一)  原告は、陸士長等については任用期間の定めがない旨主張するので、この点について判断する。

(1) 自衛隊の主たる任務がわが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することにあるため(自衛隊法第三条第一項参照)、隊員についてもこれを特別職の国家公務員とし、一般職の国家公務員に適用される国家公務員法の規定の適用が排除され(国家公務員法第二条第三項一六号、第五項参照)、自衛隊法第五章(第三一条以下)に定める規定が適用されるから、自衛官として任用された者の地位は同規定によつて定められることになる。自衛官の任用期間をどのように定めるべきであるかは立法政策の問題であるというべきところ、同法第三六条第一項は、陸士長、一等陸士、二等陸士及び三等陸士(以下「陸士長等」という。)の任用期間を二年と定めている。同法第四〇条の規定は自衛官が任用期間中に任意退職することを認めていることは疑いがないから、右任用期間をもつて、自衛官の任意退職を制限し、同期間の満了によつて自衛官が任意退職をすることができる効果が付与されているものと解することは相当でない。

したがつて、陸士長等の任用期間は二年であると解すべきであり、採用の日から二年間に限り自衛官としての地位を取得し、同期間の満了により当然にその地位を失うものであるといわざるをえない。

(2) 陸士長等の継続任用については、同法第三六条第四項は、「長官は、陸士長等の任用期間が満了した場合において、陸士長が志願したときは、引き続き二年を任用期間としてこれを任用することができる。この場合における任用期間の起算日は、引き続いて任用された日とする。」旨定めており、更に、<証拠>によれば、自衛隊法第三一条第二項の規定に基づいて防衛庁長官の制定した「隊員の任免等の人事管理の一般的基準に関する訓令」において、「継続任用」とは「法第三六条第四項の規定に基づき、任用期間の定めのある隊員を任用期間が満了した場合引き続いて隊員に任命すること」と定め(第三条三号参照)、かつ、継続任用の発令方法についても、任用期間の定めのある隊員の採用の場合と全く同様の方法がとられていること(第一八条二号参照)、更に、右継続任用手続の運用に関し、防衛庁長官の「訓令」及び陸士幕僚長の「達」が制定されていること、「訓令」第六条及び「達」第四ないし第七条は、採用の際の選抜試験に代え、継続任用に際し適任者を選抜するための基準を定め、「達」第二条は右基準に該当する者のうちから適任者を選抜し、任用する旨定め、また「訓令」第一〇、第一一条は、任命権者は、継続任用選考審査会議の意見を徴したうえ継続任用者を決定し、発令する旨定めていることが認められる。

自衛隊法第三六条第四項の規定の趣旨及び右認定事実によれば、陸士長等の継続任用は、自衛官の採用の場合と同様に、任用期間の満了した陸士長等に引き続き任用された日から二年間自衛官たる地位を設定する行政処分であり、また、「訓令」第六条及び「達」第七条所定の基準は右継続任用において適任者を選抜するための基準であると解するのが相当である。

(3) 以上の次第であつて、原告の陸士長等の任用期間の定めがない旨の主張は理由がなく、これを前提とするその他の主張は判断するまでもなく、採用することができない。

(二)  原告は、継続任用を志願した陸士長等が「訓令」第六条四号及び「達」第七条所定の選抜基準に該当する限り、任免権者はこれを継続任用する義務がある旨主張するが、前記のとおり継続任用は任免権者の行政処分であるから、最終的に志願者を採用するか否かを決定することは任免権者の裁量に委ねられているのであつて、志願者が右選抜基準に該当するからといつて、直ちに、任免権者がこれを継続任用する義務を負うものでないことは明らかである。

したがつて、原告の右主張を前提とするその他の主張については判断するまでもなく、採用することができない。

(三) 原告が昭和五一年一月三〇日付をもつて自衛隊法第三六条第四項の規定に基づいて継続任用され、同五二年末ころ任免権者である被告連隊長に対し同項の規定に基づき継続任用の志願をしたが、同被告は原告に対し同五三年一月二九日付をもつて継続任用をしない旨の通告をしたが、継続任用をする旨の意思表示をしていないことは前記のとおりである。

そうすると、原告は、被告連隊長の継続任用をしない旨の通告とは関わりなく、同五三年一月二九日付をもつて任用期間満了により陸上自衛隊自衛官陸士長たる地位を失うことになるのであつて、右通告は原告の法律上の地位にはなんらの変更をきたすものでないから、右通告をもつて行政庁の処分ということができないものといわざるをえない。

2  以上の次第であつて、原告主張の継続任用拒否処分は、行政事件訴訟法第三条第二項にいう取消訴訟の対象にはならないものと解するのが相当であるから、原告の被告連隊長に対する継続任用拒否処分の取消を求める訴は、その他の点について判断するまでもなく、不適法である。

三原告の被告国に対する陸上自衛隊自衛官陸士長たる地位の確認を求める請求について。

原告の右請求が行政事件訴訟法第四条にいう公法上の法律関係に関する訴訟に当たることは明らかであるところ、被告国が原告の陸上自衛隊自衛官陸士長たる地位を争つている以上、原告が被告連隊長に対する継続任用拒否処分の取消を求めているからといつて、直ちに、原告の右地位の確認を求める訴の利益を否定することはできないものというべきである。したがつて、被告国の原告の請求は訴の利益を欠く旨の本案前の抗弁は失当であるといわざるをえない。

しかし、前記のとおり、原告は昭和五三年一月二九日付をもつて陸上自衛隊自衛官陸士長たる地位を失つたものであり、その後同地位を取得したことについては、原告においてなんら主張するところがない。

したがつて、原告の右請求は理由がない。

四結論

叙上の次第であつて、原告の被告連隊長に対する継続任用拒否処分の取消を求める請求にかかる訴は不適法であるから、これを却下することとし、また、原告の被告国に対する請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(古館清吾 吉本徹也 牧弘二)

別紙代理人目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例